リュックの中に、池ができた
自宅の玄関の前で、鍵を出そうとしたときでした。
リュックを下ろした瞬間、中で水の音がしたんです。ちゃぷん、と。
え、と思いながら、チャックを開けました。
中に、池ができていました。


池、ですか……?

比喩じゃなくて、底に水が溜まってたんだよね。手ですくえるくらい。
濡れていた、ではなく、溜まっていたんです。底の方に水がちゃんと張っていて、中のものが浮いているみたいな状態でした。取り出そうとした鍵も、その水の中にありました。
その日は途中から空が変な色になって、ゲリラ豪雨につかまりました。10kmほどの帰り道です。雨宿りする場所もなくて、まあ濡れるのは仕方ないかと思いながら、そのまま走って帰った。その結果がこれです。
背負っていたのは、友達から譲り受けた登山用のリュックでした。アークテリクスのやつです。もらいものなのに作りはしっかりしていて、「これでいいじゃん」と本気で思っていました。自転車専用のバッグがあることは知っていましたが、わざわざ買うものだという発想がなかったんです。
そして、登山用なんだから雨には強いはずだろう、と勝手に思い込んでいました。そのとき思ったのが、「全然防水じゃないじゃん」でした。
今から考えると、この思い込みのほうが問題だったんですが、それに気づくのはずっと後の話です(第8章で書きます)。
とにかくその日から、自転車用のバッグというものを考えはじめました。
そのころ、45km走れるようになっていた
ちょうど同じ時期に、もうひとつ変化がありました。
実家まで45kmを、自走で行けるようになっていたんです。
ロードバイクを買ったばかりのころは、20kmでもうへとへとでした。それが少しずつ伸びて、気がついたら実家まで走れるようになっていた。自分としては、けっこう大きな出来事でした。
それで、その日は帰り道をわざわざ変えて、ビアンキ立川店に初めて寄ってみたんです。
自分の自転車と同じメーカーの、ちゃんとした店。入るのに少し緊張しました。今でこそ自転車屋さんは平気ですが、当時は「初心者だとバレたら恥ずかしい」みたいな気持ちがまだ残っていて。
そこで、ビアンキのサイクルパックを買いました。
選んだ理由は、大きさとデザインと値段。ということにしていた
なぜそれにしたのか。当時の自分の説明はこうでした。
- 大きさがちょうどよかった
- デザインが好みだった
- 値段が手の届く範囲だった
嘘ではありません。実際そう考えて選びました。
ただ、正直に書くと、それだけではなかったです。
ここまで走れるようになった自分への、区切りみたいなものでもありました。
45km走れるようになって、その足でメーカーの店に寄って、そこで自分の自転車と同じブランドのバッグを買う。書いてみると単純ですが、あのときの僕にはちょっとした儀式だったんだと思います。自転車メーカーのバッグに、普通に惚れていました。
あれから3年。
結論から言うと、選んだ基準そのものは間違っていませんでした。 大きさもデザインも値段も、選ぶときに見るべき欄です。
ただ、見るべき欄がもうひとつありました。 そこを見ていなかったせいで、僕は3年かけて遠回りをしました。
この記事は、その欄の話です。
蒸れないリュックは、存在しません
先に結論を書きます。ここだけ読んで帰ってもらっても大丈夫なくらい、これがこの記事の中心です。
ロードバイク用のリュックを「蒸れにくさ」で選ぶのは、探し方そのものが間違っています。
理由は身も蓋もなくて、背中に生地がついた状態で走る以上、どのリュックでも蒸れるからです。
前傾姿勢で、心拍を上げて、背中に布を密着させて走る。この条件がある限り、程度の差はあっても蒸れます。「蒸れにくい」構造のリュックは確かに存在しますが、それは蒸れないという意味ではなく、より蒸れにくいという意味でしかない。


じゃあ、どれを買っても蒸れるんですか……?

蒸れる。だから蒸れで選ばない。別のところで選ぶんだ。
この「別のところ」が何かというと、これです。
固定力とアクセス性、どちらを取るか。
- 固定力 — 走っているあいだ、背中でどれだけ動かないか
- アクセス性 — 走りながら、必要なものに手が届くか
この2つは、残念ながら両立しません。両立しない理由は第6章でちゃんと書きます。ここでは「どちらかを選ぶことになる」とだけ覚えておいてください。
そして僕は3年前、この欄を見ないままバッグを買いました。 大きさとデザインと値段は見たのに、ここは見ていなかった。
以下は全部、その裏付けです。実際に使った2つのリュックの話と、今回あらためて調べ直した4製品の話をします。
ビアンキ サイクルパックを3年使って
まず、僕の愛用機の話から。
ビアンキ サイクルパック(品番 JP243S3102BKBK0)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 価格 | ¥13,200(税込) |
| 容量 | 10L |
| サイズ | W28 × H43 × D13cm |
| 素材 | ナイロン |
| カラー | 2色展開 |
※公式ページ: https://www.bianchi-estore.jp/products/detail/414
なお、このバッグには商品リンクを貼っていません。 Amazonにも楽天にも取扱いがないからです。買うなら公式か店舗になります。この記事では、あくまで「3年使った人の実物レビュー」として読んでください。
固定:胸とおへその2点で留まる
固定はチェストベルトとウエストベルトの2点留めです。
位置としては、だいたい胸のあたりと、おへそのあたり。この2本を締めると、リュックが背中に貼り付いたみたいになります。
紐でしっかりにも、ゆるくにも調整できるので、その日の荷物量に合わせられます。フィット感は、素直にいいです。 ここは3年使っても不満がありません。
下り坂でリュックが左右に振られる感じがない、というのはけっこう大きくて、荷物が背中で暴れないだけで走りに集中できます。
容量:10Lで足りている
10Lです。数字だけ見ると小さく感じるかもしれませんが、日常使いには十分。日帰りのライドもいけます。泊まりは厳しい。 これが3年使った実感です。
ノートPCについては、僕の13.6インチのMacBook Air(実寸 約30.4×21.5cm)は入ります。
ただし、そのまま素直には入りません。
バッグの横幅が28cmなので、縦向きに回して入れています。 PCの長辺30.4cmに対してバッグの幅が28cmですから、単純に足りていないんですね。回せば入る、というだけの話です。
これ、公式スペックの数字だけを見ていても分からない部分だと思います。W28と書いてあっても、「じゃあ自分の13インチは入るのか」までは書いていない。14〜15インチを想定している人は、実寸を測ってから検討したほうがいいです。

数字は書いてあるのに、分からないんですね。

そう。数字は嘘をついてない。ただ「あなたの荷物が入るか」は書いてないんだ。
収納:小分けはかなり得意
ポケットの構成はこうなっています。
外側
- 上部ポケット
- メインポケット
- 下部ポケット
メインポケットの中
- ジップ付きメッシュポケット
- ジップ付きサブポケット
……と、公式には書いてあります。
正直に書くと、僕は中のポケットを1つだと思っていました。 この記事を書くために公式ページを読み直して、2つあると知りました。3年使っていて、です。
まあそういうこともあります。小分けはかなり得意なバッグ、という評価は変わりません。
レインカバーは、ある
本体の下部に、レインカバーが収納されています。 BIANCHIの反射プリント入りで、見た目もちゃんとしています。
これについては、正直に書いておきたいことがあります。
3年で、一度しか使っていません。
一度使った感想としては、薄い生地なので雨よけにはなりますが、防水とは言い切れないというものでした。ないよりは全然いい。でも「これがあるから雨は平気」という代物ではなかった。
そして公式の装着手順は5ステップあります。
つまり、「降ってきた」と思ってから路肩に止まって、リュックを下ろして、カバーを引っ張り出して、広げて、被せて、留める。この間、当然ですが濡れます。
この話は第8章でもう一度します。僕がリュックを買い替えたきっかけは雨だったので、ここは避けて通れないところです。
3年知らなかった装備が、3つあった
最後に、少し情けない話を。
今回この記事を書くにあたって公式ページを読み直したら、3年間まったく気づいていなかった装備が3つありました。
- バンジーコード(外側に荷物を留められるゴム紐)
- 正面ロゴ下の反射パイピング
- 肩パッドのグローブホルダー
3つ目です。肩のところにグローブを留められる場所があったんです。3年、知りませんでした。

3年ですか……!

毎回ポケットに突っ込んでたんだよ。専用の場所が肩にあったのに。
自分でも笑ってしまったんですが、これ、たぶん珍しい話ではないと思います。バッグって、買ったあとに説明を読み直さないんですよね。買ったバッグの公式ページを、一度でいいから読み直してみてください。
公式が「蒸れにくい」と書いていて、僕の実感が逆だった話
ここからが、この記事の核のひとつです。
ビアンキの公式サイトには、こう書かれています。
背面にはクッションとメッシュ素材を使用しているため、蒸れにくく快適に背負え
読んだとき、素直に「そうだよな」と思いました。実際、背面はしっかりクッションが入っていて、メッシュも貼ってあります。作りとしては明らかに良いものです。
でも、3年使った僕の実感は、逆でした。
しっかりした作りな分、むしろ蒸れやすい。 これが正直なところです。

公式が書いてるのに、違うんですか?

書いてあることは嘘じゃない。ただ「何と比べて」が書いてないんだ。
これ、最初は「自分の感覚がおかしいのかな」と思っていました。でも、あとで安いリュックを併用するようになって(次の章で書きます)、理由がなんとなく分かってきました。
クッションが効くほど、背中にくっつく
たぶん、こういうことだと思っています。
クッションが効くほど、背中との接触が安定します。 そして接触が安定するということは、背中とバッグの間に隙間ができにくいということでもある。
隙間がなければ、空気は通りません。
つまり、安定と通気は同時には成立しにくいんです。背中にぴったり吸い付いて動かないバッグは、その定義からして、背中に密着している。密着しているものが涼しいわけがない。

だからこれ、公式が嘘を書いているという話ではありません。 メッシュとクッションがない構造に比べれば、確実に蒸れにくいはずです。書いてあることは、たぶん正しい。
ただ、「何と比べて蒸れにくいのか」が書かれていない。
そして僕が実際に比べた相手は、公式が想定していた比較対象ではなかった、というだけの話です。
値段と快適さは、比例しない
このあと出てくる安いリュックのほうが、生地が薄いぶん、明らかに蒸れにくかったです。
書いていて複雑な気持ちになりますが、事実なので書きます。1万3千円のバッグより、数千円のバッグのほうが涼しかった。
作りは断然ビアンキのほうがいい。でも「背中が涼しいか」の一点だけを見ると、負けている。値段と快適さは、比例しませんでした。
この章の教訓
スペック表の「蒸れにくい」は、比較対象が書かれていないと意味を持ちません。
「蒸れにくい」「軽量」「大容量」みたいな言葉は、単体では情報量がほぼゼロです。何と比べているのかが書かれて初めて意味が出る。僕はこれを、3年かけて自分の背中で学びました。
安いリュックを併用して、分かったこと
ビアンキを使いながら、途中からAliExpressで買った安いリュックも併用するようになりました。
サイクリング/ランニング用として売られていたものです。値段は本当に大したことなくて、正直、届くまでは「まあ失敗してもいいや」くらいの気持ちでした。
これが、思っていたよりずっと勉強になりました。
留めるのは、胸の1点だけ
まず固定です。チェストベルト1点のみ。 ウエストベルトはありません。
ビアンキの2点留めに慣れていたので、最初は「これ、走ったらズレるんじゃないか」と思いました。
実際どうだったかというと、気にならなかったです。
ただしこれには条件があって、荷物を多く入れていないからです。軽いものを少しだけ入れて走るぶんには、1点留めでも十分でした。ここに重いものを詰めたら、たぶん話は変わります。
肩ベルトにポケットがある。これがとにかく大きかった
そして、これです。
肩ベルトの部分がメッシュポケットになっていて、ドリンクやスマホを入れられる。
使ってみて、はっきり分かりました。これが大きい。

走りながら、視線を落とすだけで手が届く場所に物がある。この違いは、実際に体験するまで想像していませんでした。

肩に、ポケットがあるんですか?

そう。肩ひものところ。ここに手が届くかどうかで、走ってる最中の快適さが全然ちがう。
背中のリュックから何かを取り出すのは、思っている以上に面倒です。信号待ちで下ろして、開けて、探して、また背負う。数十秒の作業ですが、それが面倒だから結局取り出さない、ということが起きる。肩にポケットがあると、その数十秒がゼロになります。
生地が薄いぶん、涼しい
前の章で書いたとおりです。生地が薄いぶん、ビアンキより蒸れにくい。
背面のクッションもほとんどないので、背中との間に多少の余裕があります。そのぶん固定は甘いんですが、涼しい。
つまり、安いほうが上位互換になる場面が確かにある
これが、この章で一番書きたかったことです。
安いほうが上位互換になる場面が、確かにあります。
値段が高いバッグは、作りがいい。それは間違いない。でも「作りがいい」と「今日の自分の走り方に合っている」は、別の話でした。
近所を走る日、こまめに水を飲みたい日、荷物が少ない日。そういう日は、安いほうが快適です。
この事実に気づくのに、僕は3年かかりました。
ちなみに、僕が使っているのはAliExpressのものなので同じ品は紹介できませんが、国内で買えるもので「肩ベルトにポケットがある」条件を満たすものは、記事の後半で1つだけ挙げています。 先に見ておきたい人はこちらから。
サンティック サイクリングバックパックを見るこの章で書いた「肩ベルトのポケット」があるのは、これでした
トレードオフの正体
ここまでで、2つのリュックの話をしました。ここでその2つを重ねて、この記事の一番の芯を書きます。
同じ性質の、裏表だった
整理するとこうなります。
ビアンキ
- しっかり固定される
- → そのぶん、外すのが面倒
- → 走りながら取り出せない
具体的には、一度リュックを前に回す手間が要ります。肩から片方外して、体の前に持ってきて、開ける。信号待ちならまだしも、走行中は無理です。
安いほう
- 1点留めで、固定は緩い
- → でも肩のポケットに手が届く

どっちが正解なんですか?

正解はない。というか、この2つは優劣じゃないんだ。
そうなんです。これは優劣ではありません。同じ性質の裏表です。
一文にするとこうなります。
体に密着させれば安定する。そして、安定するものは、体から離しにくい。
当たり前のことを言っているように聞こえますが、この当たり前に気づいていなかったせいで、僕は「ちゃんとしたバッグを買えば全部よくなる」と思っていました。よくなりません。片方を取れば、もう片方は必ず削れます。
だから、選ぶというのは、どちらを削るかを決めるということです。

表にすると、こうなります
| 固定力型 | アクセス性型 | |
|---|---|---|
| 留め位置 | チェスト+ウエストの2点、またはヒップベルト付き | チェスト1点が中心 |
| 走行中の取り出し | ほぼ不可。前に回す手間が要る | 肩ベルトのポケットに手が届く |
| 向いている乗り方 | 長距離・下り・荷物多め | 街乗り・通勤・こまめに飲む |
| 蒸れやすさ | 背面が密着するぶん蒸れやすい | 生地が薄いぶん、まだまし |
| 荷物の量 | 多くても崩れない | 増やすとズレはじめる |
※どちらも蒸れます。あくまで程度の話です。
どう選べばいいか
僕の結論はこうです。
長距離・下り・荷物多め → 固定力を取る
このタイプの人は、走行中に取り出す前提を捨ててください。 捨てたうえで、休憩のたびに下ろして必要なものを出す、という運用に切り替える。そうすると2点留めの安定感が全部プラスに働きます。中途半端に「走りながらも取れるやつ」を探すと、どっちつかずになります。
街乗り・通勤・こまめに飲む → アクセス性を取る
こちらは、肩ベルトにポケットがあるものを選んでください。 これが唯一にして最大の条件です。他の要素は正直、後回しでいい。
……と、簡単に書きましたが、この「肩ベルトにポケットがあるもの」が、探すと全然見つからないという話をあとでします(第9章)。
リュックに入れなくていいものが、ある
容量の話を少しだけ。
「10Lで足りるんですか」と聞かれると、僕は足りていると答えます。でもそれは、リュックに入れないものを決めているからです。
僕の積み方
サドルバッグに入れているもの
- 予備チューブ
- タイヤレバー2本
- 電動空気入れ
- 六角レンチ2種類
リュックに入れているもの
- 補給食
- モバイルバッテリー
- 携帯
- 鍵
- 現金とクレジットカード(財布は持ちません。メインポケット内のジップ付きポケットへ)

財布を持たない、というのは慣れると本当に楽です。あの厚みと重さが背中から消えるだけで、体感がけっこう変わります。カードと数千円を、ジップ付きのポケットに入れておく。それだけで足りています。

サドルバッグも要るんですか?

むしろこっちが先。工具は下に逃がしたほうが、背中が軽い。
工具を下に逃がすと、リュックが一気に軽くなる
チューブ、レバー、空気入れ、六角レンチ。この4つはそれなりに重いです。しかも硬いので、リュックに入れると背中に当たります。
これを全部サドルバッグに移すと、リュックは一気に軽くなります。僕が10Lで足りている理由は、ほぼこれです。
なので、もし今「容量が足りない」と感じているなら、リュックを大きくする前に、積み方を疑ってみてください。
大きいリュックを買うと、たいていの人は大きくなったぶんだけ物を入れます。そして重くなって、背中が疲れて、蒸れます。容量を増やすのは、積み方を見直したあとでも遅くない。
リュックとサドルバッグは、競合しない
たまに「サドルバッグかリュックか」みたいな話し方をされることがありますが、この2つは競合しません。役割が違います。
- サドルバッグ = トラブルのときにしか使わない、重くて硬いもの置き場
- リュック = 走っている最中に使うかもしれないもの置き場
こう分けると、迷わなくなります。「走行中に触らないものは、下に逃がす」。これだけです。
「背中のポケット3つ」は、ジャージを着ている人の話
そもそも、なぜリュックなのか。ここを書いていませんでした。
ロードバイクの荷物の話になると、たいてい「ジャージの背中に3つポケットがあるから、そこに入れればいい」と言われます。実際そのとおりで、慣れた人はそうしています。
でも、始めたばかりの頃の僕には、その答えは使えませんでした。 ジャージを持っていなかったからです。
サイクルウェアは、最初はけっこう抵抗があります。パッド付きのパンツは下着をはかないと知ったときは、正直「無理だろ」と思いました。僕も最初のうちは、普段着に近い格好で乗っていました。「背中にポケットが3つある」というのは、ジャージを着ていることが前提の収納方法です。 着ていない人にとっては、そもそも選択肢として存在していません。
もうひとつあります。始めたばかりの頃ほど、持ち物が多い。 何が要るのか分からないので、とりあえず多めに持つ。僕もそうでした。使わなかったものを何度も持ち帰って、やっと減らせるようになる。減らせるのは、経験したあとです。
つまり始めたばかりの人は、ポケットがいちばん少ないのに、荷物がいちばん多い時期にいます。ここを埋められるのがリュックです。

最初からジャージを買えばいいのでは?

それも正解。ただ順番としては、先にリュックがあったほうが走りに集中できると思う。
慣れてジャージを着るようになっても、リュックが要らなくなるわけではありません。僕は3年経った今も背負っています。でも、最初の1年のほうが切実に必要でした。
ちなみに「ジャージじゃない格好で乗りたい」という話は、普段着で乗れるサイクルウェアを探した記事にまとめてあります。
そして雨は、3年経っても解決していない
ここで、最初の話に戻ります。
思い出してください。僕が自転車用のバッグを買ったきっかけは、雨でした。
ゲリラ豪雨で、10kmほどの帰り道で、登山用リュックの中に池ができた。「全然防水じゃないじゃん」と思って、自転車用のバッグを探しはじめた。
では、ビアンキに替えて、雨は解決したのか。
していません。

レインカバーはある。でも、解決していない
理由は2つあります。
ひとつは、第3章で書いたとおり、レインカバーが薄いこと。 雨よけにはなります。でも防水とは言い切れない。 一度使った実感として、これははっきり書いておきたいです。
もうひとつは、装着に手間がかかること。 公式の手順で5ステップ。路肩に止まって、下ろして、出して、広げて、被せる。
そして、ゲリラ豪雨は、装着し終わる前に降ってきます。
あれは「降りそうだな」から「土砂降り」までが本当に短い。準備できるくらい猶予のある雨なら、そもそもそこまで困っていないんですよね。

じゃあ、レインカバーって意味ないんですか?

意味はある。ただ「降ってから出すもの」じゃないんだ。降る前に着せておくものなんだよ。
これは考え方を変えました。レインカバーは、空が怪しい日は最初から被せておく装備です。降ってから出す装備ではない。そう思って使えば、ちゃんと役に立ちます。
調べて分かったこと:この価格帯に「完全防水」はほとんどない
今回この記事のために、まじめに防水を調べ直しました。
分かったのは、「完全防水」を名乗るバッグは、この価格帯にはほとんど存在しないということでした。
「撥水」「防滴」「防汚撥水加工」。だいたいこのあたりの言葉が使われています。これらは全部、完全防水ではありません。
条件をまともに満たしそうなのは、ORTLIEB クラスのロールトップ構造のバッグくらいです。
そのORTLIEBですら、「完全防水」とは書いていない
ここが今回いちばん驚いたところです。
ORTLIEBの公式表記は、「完全防水」ではなく IP64 でした。そして、注記としてこう書かれています。
In order to meet standard IP64 (…) the roll closure must be rolled at least 3-4 times.
つまり、IP64を満たすには、ロール部分を最低3〜4回巻く必要があるということです。巻きが足りなければ、その基準は満たしません。
さらに、こうも書かれています。
If the product is completely submerged, water can penetrate through the closure.
水没させれば、閉じ口から水は入る。
正直に書いてあるな、と思いました。同時に、けっこう大事なことに気づきました。
「防水」と書いてあっても、条件付きでしか成立していないんです。
正しく閉じて、正しい巻き数で、水没させない。この条件つきで初めて成り立つ。
僕が悪かったわけではなかった
そう考えると、3年前のあの日のことが、少し違って見えてきます。
登山用リュックに池ができたのは、僕の使い方が悪かったからではありませんでした。 かといって、あのリュックの出来が悪かったわけでもない。
そもそも、期待の仕方が間違っていたんです。
「登山用ならしっかりしているから雨に強いはず」。この推測に、根拠は何もありませんでした。しっかりした作りであることと、水を通さないことは、別の性能です。僕は勝手に結びつけていた。
第4章で「スペック表の言葉は比較対象がないと意味を持たない」と書きましたが、これも同じ構造です。書かれていないことを、自分の希望で埋めてしまっていた。
結論:バッグではなく、中身を守る
3年かけて出した結論はこれです。
雨の日に絶対濡らしたくないものがあるなら、バッグではなく中身を守る。
具体的には、こういうことです。
- 防水インナーバッグに入れてから、リュックに入れる
- 大事なものはジップロックに入れる
- PCを持つ日は、そもそも雨予報なら持たない
地味です。まったくスマートではありません。でも、これがいちばん確実でした。
あと、雨のあとは自転車のほうも汚れます。そっちの話は月1でやっている洗車ルーティンの記事に書きました。
そして何より、バッグに全部を期待しないという考え方に切り替わったのが大きかったです。防水も、通気も、固定も、収納も、全部を最高水準で満たす万能の一個は存在しない。どこかは必ず妥協することになる。
なら、妥協する場所を自分で選んだほうがいい。 それがこの記事全体で言いたいことでもあります。
じゃあ、何を買うか
ここまでが僕の話です。ここからは、今回まじめに調べ直した対抗馬を4点まとめます。
先に、調べていて一番驚いたこと
これを最初に書かせてください。
肩ベルトにポケットがあるリュックは、探すと驚くほど少ないです。
第5章と第6章で「肩ベルトのポケットが大きい」と散々書いておいて何なんですが、今回まじめに調べて、条件を満たしたのは4製品中1つだけでした。
しかも、それがいちばん安いやつでした。

えっ、高いほうにこそ付いていそうなものですけど……。

逆だったんだよ。ちゃんとしたメーカーほど、ヒップベルトとか背面構造にお金をかけてる。肩のポケットは、そもそも設計思想が違うんだと思う。
これ、第6章の話とつながっていると思います。しっかりしたバッグは固定力側の思想で作られている。 だから肩まわりは「背負い心地」のための場所であって、「物を入れる場所」として設計されていない。肩ベルトのポケットが欲しいなら、探す場所を変えたほうが早いというのが今回の学びでした。
4製品の比較
| 商品 | 価格 | 決め手 |
|---|---|---|
| サンティック サイクリングバックパック | ¥4,480 | 肩ベルトにポケット。まず1つ試すならここから |
| VAUDE Trailvent 15 | ¥16,000 | 15L。背中が蒸れにくい通気重視タイプ |
| deuter トランスアルパイン24 | ¥18,869 | 24L。走っても揺れない固定力の完成形 |
| ORTLIEB ヴェロシティ 17L | ¥17,310 | 17L。完全防水。雨の日にPCを運ぶなら |
※価格は執筆時点のものです。deuterは価格改定が予定されています。 また、ここに挙げた製品はどれも在庫数が少なく、値段も動きます。実際の価格は必ずリンク先で確認してください。
① サンティック サイクリングバックパック ¥4,480 — 唯一、肩にポケットがある
今回の4製品で、唯一「肩ベルトにポケットがある」と公式に書かれていたのが、このサンティック サイクリングバックパックです。
公式の記載としては、「右肩帯のスモールポケット」とあります。僕がAliExpressで買って併用しているものと、たぶん同じ層の製品です。あの体験がよかったので、そのぶん贔屓目はあるかもしれません。
正直に書いておきたいことが2つあります。
ひとつは、説明文に中国語の機械翻訳がそのまま残っていること。「蜂窝状の透气構造」みたいな表記が普通に出てきます。なので、スペック表記は鵜呑みにしない前提で見たほうがいいです。書いてあることが間違いというより、そもそも精度が保証されていない。
もうひとつは、容量の表記がページ上に存在しないこと。リットル数が書かれていません。サイズとして33×21.5cmという数字はありますが、そこから容量は分かりません。

それ、大丈夫なんでしょうか……。

分からないものは分からない、で買うしかない。ただ4,480円だから、試す金額としてはアリだと思う。
僕はこう考えています。アクセス性という基準を、いちばん安く試せる製品です。
肩にポケットのあるリュックが自分に合うか、2万円出して確かめるのはきつい。でも4,480円なら、合わなくても「勉強代」で済みます。実際、僕がアリエクのリュックで学んだことは、値段の何倍もの価値がありました。
まず試す、という買い方に向いている1本です。
サンティック サイクリングバックパックを見る肩ベルトのポケット、まずは4,480円で試してみる
② VAUDE Trailvent 15 ¥16,000〜 — 肩にはないが、手は届く
固定力とアクセス性の中間ポジションです。
固定はヒップベルト+チェストの2点留め。ビアンキと同じ考え方ですね。肩ベルトにポケットはありません。
ただ、代わりに手が届く場所があります。サイドのメッシュポケットと、右ヒップベルトのジッパーポケットです。
肩ほど自然な位置ではありませんが、腰なら背負ったままでも手が回ります。 「走りながら」とまではいかなくても、「下ろさずに」は成立する。第6章の分類で言えば、固定力型に片足を置きながら、アクセス性を少しだけ残した設計です。
背面については、公式にこう書かれています。
通気性に優れたAEROFLEX 3D 2.0 サスペンションシステムが汗ばむ上り坂でも荷物の負荷を軽減し、VAUDE独自の背面長調整システムによりあらゆる体格にぴったりフィットします。
背面長を調整できる、というのがここでは大きいと思います。体格に合わせて背負う位置を変えられるので、フィットの詰め方に幅がある。
……とはいえ、第4章で書いたことをここでも言っておきます。「通気性に優れた」は、何と比べてなのかが書かれていません。 蒸れないという意味ではないはずです。
防水は「防汚撥水加工」。完全防水ではありません。 レインカバーは付属しています。第8章の話がそのまま当てはまるので、雨に本気で備えたい人はここでは足りません。
15Lで足りないという人向けに、Trailvent 20(¥17,000〜)も在庫があります。
③ deuter トランスアルパイン24 ¥18,869 — 固定力の完成形
24Lの大容量モデルです。今回の4製品でいちばん大きい。
これは完全に固定力側の製品です。第6章で書いた「走行中に取り出す前提を捨てる」という選び方をした人向け。肩ベルトにポケットはありません。
24Lという容量は、日帰りはもちろん、荷物が多い日や、着替えを持つ日にも対応できる大きさです。第7章で「リュックを大きくする前に積み方を疑え」と書きましたが、積み方を見直したうえでまだ足りない人なら、ここが選択肢に入ります。
ひとつ注意点を。チェストベルトの有無については、公式に記載がありませんでした。
あるのかないのか、僕には確認できませんでした。この手のモデルなら付いていそうな気はしますが、書かれていないことを推測で埋めるのは、この記事でずっと批判してきたことなので、断定しません。気になる人は購入前に販売店に確認してください。
なお価格については、Amazonのほうが公式より約2,700円安い状態でした。ただしこれは執筆時点の話で、価格改定が予定されているので、必ず現在の価格を確認してください。
④ ORTLIEB ヴェロシティ 17L ¥17,310 — 雨とPCの通勤用
第8章からそのまま、ここへつながります。
IP64のロールトップ構造。第8章で書いたとおり、「完全防水」ではありませんが、この4製品の中では雨に対していちばん本気で作られています。ロールを3〜4回巻く、水没させない。この条件を守れる人なら、頼りになるはずです。
PC収納については、公式に実寸が書かれています。36×24.5×2.5cm。
これはかなり親切だと思いました。第3章で「W28と書いてあっても自分のPCが入るか分からない」と書きましたが、この製品はPC収納部の実寸を出してくれている。僕の13.6インチ(30.4×21.5cm)なら余裕で入ります。 縦に回す必要もありません。しかも取り外しが可能です。
外寸は H45×W28×D14cm。
ここで面白いのが、僕のビアンキ(W28×H43×D13cm)とほぼ同サイズだということです。幅は同じ28cm、高さが2cm、奥行きが1cm大きいだけ。

ほとんど同じ大きさなんですね。

そう。ほぼ同じ外寸で、こっちは13.6インチが素直に入る。中の作り方が違うんだよ。
外寸がほぼ同じでも、中の設計で使い勝手は変わる。 これも今回の学びでした。数字が同じだから同じように使える、とは限らない。
固定は、チェストベルト・ウエストベルトとも着脱可能です。これは地味に良くて、街乗りの日は外して身軽に、荷物が多い日は付けて固定力を上げる、という使い分けができます。
なお、この記事を書いている時点で在庫は残りわずかの表示でした。見つけたときが買いどきになりがちな製品でもあります。
4つを、選び方に沿って並べ直すと
第6章の軸で並べると、こうなります。
- アクセス性を取るなら → サンティック(肩ポケットあり・唯一)
- 中間を取るなら → VAUDE Trailvent 15(腰と横に手が届く)
- 固定力を取るなら → deuter トランスアルパイン24(容量も最大)
- 雨とPCが最優先なら → ORTLIEB ヴェロシティ 17L
僕自身は、もし今もう1本買うならサンティックです。ビアンキは固定力側として気に入っているので、足りていないのはアクセス性のほうだから。
そして繰り返しますが、どれを買っても蒸れます。 そこは諦めてください。
まとめ:見るべき欄が、もうひとつあった
長くなったので、まとめます。
- 蒸れは避けられない。だから蒸れで選ばない。 背中に生地がついている以上、どれでも蒸れます
- 決めるのは、固定力か、走りながら手が届くか。 この2つは両立しません
- 体に密着させれば安定する。安定するものは、体から離しにくい。 同じ性質の裏表です
- スペック表の「蒸れにくい」は、比較対象が書かれていなければ意味を持ちません
- 容量が足りないと感じたら、リュックを大きくする前に積み方を疑う。 工具はサドルバッグへ
- 雨は、バッグだけでは解決しません。 中身を守るほうが確実です
- 肩ベルトにポケットがあるリュックは、探すと本当に少ない
そして、迷ったときのいちばん実用的な方法を書いておきます。
まず、自分がリュックから何を取り出したいのかを書き出してみてください。
走っている最中に取り出したいものが3つ以上あるなら、アクセス性です。休憩のときに開ければ十分なら、固定力です。それが決まれば、答えはだいたい出ます。

リュックのスペックじゃなくて、自分のほうを書き出すんですね。

そう。カタログを見比べても答えは出ないんだ。決めるのは自分の走り方のほうだから。
最後に、もう一度だけ3年前の話をします。
大きさ、デザイン、値段。この3つで選んだ僕の選択は、間違っていませんでした。
ビアンキのサイクルパックは、いいバッグです。3年使って壊れていないし、固定力は文句なし。あの日、実家まで45km走れるようになった自分が立川店で選んだものとして、今も気に入っています。
ただ、もうひとつ見るべき欄がありました。
「走りながら、手が届くか」。
この欄を知っていたら、僕はたぶん、もう1本を同時に買っていたと思います。1本で全部をまかなおうとしなければ、3年も遠回りしなかった。
これから選ぶ人には、最初からその欄を見てほしいなと思って、この記事を書きました。
ちなみに「走りながら手が届く」をバッグ以外で解決するなら、背中にポケットが付いたサイクルジャージという手もあります。こちらはサイクルジャージの選び方で紹介しています。

「走りながら手が届く」を、いちばん安く確かめられる1本です


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